ヘレン・ケラーは一度も星を * 今外では雪が降っている。
見たことはなかった。しかし星とは * 私はそれに全く気付いていなかった。
いったい何か説明できたにちがいない。 * 夜中はとっくに過ぎている。
彼女にとって、光とはいったい * 街灯のすぐ下で
どんなものだったのだろう。 * 粉雪が舞っている。
色彩とはいったい * 路も駐車している車もうっすらと
どんなものだったのだろう。明暗は * 雪をかぶっている。
どんなふうに理解されたのだろう。 * 降る雪は街灯に照らされている
ヘレン・ケラーは一度も音を * 高さ5、6メートルの円錐形の
聞いたことがなかった。しかし発声が * 限られた空間でのみ
振動を伴っていることを学んだ。 * 観察することができる。
音がどのようにして生まれるかを * 走る車は縞の帯のような
学んだ。彼女にとって、唱歌とは、 * 轍を残していく。舞う雪はときどき
楽器演奏とはいったい * 真横に急速に流れている。
どんなものだったのだろう。 * ふわっと羽毛のように舞い上がり、
彼女の指は確実な速さで言葉を語り、 * 瞬きの速さで停止し、
読み取った。混沌とした宇宙へ * また動き始める。
投げ出されたまま、 * こんな時間に雪を掻いている人が
物と言葉との繋がりを * いるらしい。どこからか
知らなかったヘレン・ケラーは、 * シャベルの擦れる音がする。
いったいどんな思いであったか、 * 他の方角から、人の話し声が
それは私たちの想像を * 聞こえてくる。
超えるものであったにちがいない。 * たまに地下鉄電車の通過する振動音が
臭覚と味覚と触覚とがどのようにして * この4階のビルまで上って来る。
彼女を安堵させたのだろう。 * 私はヘレン・ケラーについて
熱と重量と運動とがどんなふうに * ふと想いを寄せる。
彼女の心身に均衡を * 胎児たちの眠る厳かな夜が、
与えてくれたのだろうか。 * オーロラで縁取られた。
花の香りと手触りと、その花についての * ひゅうひゅうと笛の鳴る空に
知識とが、花の名と結びついていた。 * 一斉に咲いた星の花を摘み取り、
花にまつわる思い出が * きみの髪に飾ろう。
彼女に空想の部屋を与えた。 * 卵子工場の地下の鍵を運ぶ彼女は、
一羽の黒鳥が黄金の呪符を首に提げて満月を映した湖水を音もなく滑る時間と重なる。