空閑俊憲の日記

PurpleTaraPress © Toshinori Kuga,2008-2024

完璧の朝

この朝を眺めているのです。太陽はどこにも見えないのですが、眩しい白い空と灰色の海が広がっています。鳥の鳴き声さえ、波音さえ聴こえない海岸に、私は椅子に腰かけています。静かに打ち寄せる波が、私の記憶を砂浜の足跡のように掻き消してしまいます。凸面の海円い食卓は私の前にあり、球形の皿には一匹の魚が盛られています。白い歯を剥き出した頭と尾びれしかありません。誕生と死の、物語の始まりと結末しか表していない私の人生の滑稽劇です。円卓の縁に切り取られたように載っている私の両手は、私の不在感をいっそう強めています。ときどき水平線がきらめき、空と海とが斜めに切り裂かれ、その間隙から盲目の髪の長い少女が私に駆け寄ってきます。差し出された少女の掌は六つに割れた純白の貝殻です。
 椅子に座っている私の背中を見つめているもうひとりの私がいます。この朝を想像している私です。両者は透明の立方体の中にあり、12の辺は沖合へ向かって遠近法を示していますが、どの一辺も突然角度を失い、瓦解し始めるかもしれません。世の中の常識的規範がどこまであてにしてよいのか精確には掴めない倫理観と経済観とによって支えられているのを知ると、寄り添って歩く二人も、子供連れの家族も、絶対に永続するものではないことを、真実では決してないことを知らされるのです。懸命に築かれた虚構世界です。
 この朝は私の不在をすでに知っているようです。私の不在によって完璧の朝を迎えているのです。季節から離れて、時空の谷間を渡る鳥の甲高い慟哭によって、この朝の表層は一変するでしょう。一瞬のうちに、黄金の陽が砂を灼き、私を燃え尽くしてしまうでしょう。

                                
                                空閑俊憲
                               2011年2月