空閑俊憲の日記

PurpleTaraPress © Toshinori Kuga,2008-2014

透明へ消えいくものたち


ある無名の人物の物語がその人の死を境に永久に葬られてしまう。およそ私たちの人生で起きた事件や事実の多くはそのように取り扱われてしまうものだ。遺された家族や知人が亡くなった親しい人の思い出をときどき口に出しているが、やがて、その話も小さな小さなかけらとなり、終いには完全に消滅してしまう。感傷的にではなく、またアイロニカルにでもなく、私はそのことを真実だと思う。祖父母について、私はほとんどその物語を知らない。曾祖父母に至ってはまったく知らない。宮司を務めている従兄の家で、一度空閑の家系図を眺めたことがあった。藤原時代だったか、俊憲というもうひとりの人名が記されているのが眼に留まった。私と同じ名のその男は宮司だったのだろうか、おそらく生草坊主だったのではなかろうか。
 ある知人が亡き妻の出会った人やその思い出の場所を懐かしく思い、妻の影を追うように昔の場所を訪れることがある。人はかれの話を初めは熱心に聞き入っているが、何度も何度も聞いているうちにうんざりしてしまい、しだいに妻を失った男の寂しさへの同情心はうすらいで、終いにはもう耳を傾けようとは思わなくなる。
 静かにこの世から姿を消していく。花びらが散るように、落とし物が永久に見失われてしまうように。私だけが知っている物語、人に伝えることもなく、私の眼の前で息を止めてしまう物語の主人公たち。そんな主人公たちに私たちは囲まれている。この世の中のひとつの貯蔵庫に草葉にとまった露のように透明世界を形作っていくものたち、ありがとう。