空閑俊憲の日記

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三つの夢のつなぎ目/空閑俊憲


 
 私が2010年2月2日、7日、9日に立て続けに迎えた三つの夢の構造は三個のガラスの破片に譬えることができよう。三個の破片はひとつの窓、つまり私の生活の全体像を再現しようとする。しかし、各破片はさらに幾つもの砕片で構成されており、そのひとつの砕片でさえ小さな部分でありながらなお全体志向する動きがみえる。

2月2日の夢
 ニューヨーク自然博物館の堂々とした大理石の階段を備えたホテル・アパートを通り過ぎ、私はアパートの住民たちがかれらの日常生活をわざと通行人たちに参観させているような光景を見る。すべての玄関のドアが開け放たれているのだ。「空港ロビーはどこですか」。黒いドレスの老貴婦人(知人の亡きディアグレ夫人のような)は窓から見える巨大な高速道路ダムを指差す。その向こう側にあるらしい。婦人の傍らにいちだんと膨らんだ陰があり、彼女の息子らしい青年のシルエットが傾いていた。飛行機に間に合うだろうか、私はほんとうに帰ろうとしているのだろうか。ただ焦るばかりだ。2、3歳になる下着姿の娘を抱いている私は、きっと良い父親に見えたかもしれないが、内心は父親不合格であることを恥じている。少人数の宗教的サークルらしい集まりでヨーロッパ系の女性が民族弦楽器を奏でている。窓辺の家具に腰をかけ、私は娘といっしょに聴き入る。しかし、すぐに席を外すだろう。私の兄が妻のかわりに娘をひきとりに来るはずだから。子供時代を過ごした製鉄所の社宅は桃園アパート東1棟23号室。階段をのぼりながらトイレの窓にオレンジ色の明りが灯っているのが見える。兄が使用しているらしい。廊下に立った兄の背後の暗がりに妻が待っている。兄に娘を手渡すと、かれは幼子をボール箱に容れ、さらにビニール製のナップサックにしまって遠ざかる。通気孔がなければ危険だ。

(備考:窓越しに見えた高速道路ダムは映画『ドクトル・ジュバコ』の最後の場面に現われるダムを連想させるが、夢のなかでは下から見上げているような角度に見え、水はなく、乾いていて、高速道路は上部にあって見えない。)

2月7日の夢
 私はボランティア活動の会場に現われたひとりのカトリックの尼僧を誘惑しようとした。床に現われたおもちゃの貨物トラックのオーレオリン色の荷台が"Turn-Drupped"という雌雄関係にあることを仄めかすと、その中年の小太りの白人女性はわかっています "Turn-Dup"でしょと頷く。尼僧は私が紙で制作した機械仕掛けの小劇場を所望したいという。舞台の前では一組の男女の紙人形が踊りつづけている。"It's not finished yet." 仕上がったら後日お電話しますというと、尼僧は連絡先を書き、"Thank you for your English." と礼を述べ、安心したように部屋を出ていった。作品の売り上げはどうせボランティア協会に寄付されることになるだろう。会場の台所で働いている2、3人の若い女性たちが私についてなにか良い噂をしているようだ。

(備考:"Turn-Drupped" も"Turn-Dup"も実際には英語辞典のなかにはない。それに近い"Drupe" なら「多肉果」という名詞があり、“Dropped" なら「落ちた」、「ふともれる」という意味になる。"Dupe" なら「だまされやすい人」。しかし尼さんの返事を聞いたとき、私は"Turnip" つまり「かぶ」を連想していた。)

2月9日の夢
 昔のトライベッカ辺りか、私はなにか食べ物をテイクアウトしようとするがどの店も客が長い列を作っている。ひとつだけ客の少ないデリカテッセンがあった。このような店は食べ物にはあまり期待できないが、長時間待たされるよりましかもしれない。少し待ってオーダーする。カウンターの背後の壁に掛かったポスターには、安っぽくて幾何学的、抽象的なイラストが描かれていて、私はそのなかの家の形をした部分を指し、店の主人らしい男にオーダーしている。「あの家のように見えるところがあるね、その家の前に雪のように見えるところがあるでしょ、あのケーキをください」。"in front of the house"と"looks like snow"という英語をはっきりと発音していた。もうひとつのイラスト入りの価格表には大きなカップしか示されていないので、小さめのカップの飲み物、おそらくコーヒーを注文している。ところが文房具も加えて注文している。会計のとき、225と言われたので、ちょっと高すぎるのではないかと思ったが、特別注文が入っているのでごまかされているわけではないのだろう。私は主人(おそらくギリシャ系のがっちりした中年男)に240渡す。15のつり。(勘定から考えて、ドルらしいが、$225というのはずいぶん高い)。私が受け取ったのは黒い表紙のノートの束のようなものだった。兄と車で帰ろうとして、現実の道路よりもだだっ広いLower Manhattan を数ブロック南下し、左折する。

(備考:兄は私を尾行しているように付き添っていた。中学三年のある時期に、私は激しい登校拒否に襲われたことがある。学校が窮屈で小さな社会と感じられ、窒息しそうだったのである。母に頼まれた兄は私を尾行し、朝礼が始まっている正門へ私が無事に入るのを見届ける役をしていたが、夢のなかの兄と私の歩き方はそれに似ていた。)


写真:ニューヨーク、タイムズスクウェアー。ある高層ビルの一室に割れた窓があった。ハドソン川が見える。昨年の2月頃に撮影。